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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)1302号 判決 1960年3月16日

池田銀行

事実

原告は、昭和二十九年九月十日訴外大淀製薬株式会社(以下単に大淀製薬と称する)の代表取締役訴外藤井正雄の懇請を受け、同訴外会社が訴外株式会社池田銀行より手形貸付を受けるための担保として原告所有に係る株券を同訴外銀行に差入れ、引換に同訴外銀行より右株券の預り証を受領して之を訴外大淀製薬に保管させておいた。

然るところ、昭和三十一年六月五日被告堀端栄一は飲酒の上数名の者を連れて突如訴外大淀製薬に赴き、その代表取締役訴外藤井正雄が峻拒したにも拘らず右株券預り証を他の重要書類と共に強奪し去つた。

原告は訴外藤井と共に被告堀端に対し前記株券預り証の引渡しを要求したが言を左右にして応じない許りか、同年九月六日右被告が代表者である被告会社は不法にも訴外大淀製薬の記名と印鑑を擅に使用して右株券預り証と引換に訴外池田銀行より原告所有の株券全部を拉し去つたことが判明したので、原告は右株券の引渡を厳重に催促したが被告等は種々口実を設けて頑として之が引渡しをなさず、その内昭和三十二年三月頃被告会社は右株券を訴外今崎正雄に譲渡し処分してしまつたのである。

右被告堀端の株券預り証強奪行為と前記被告会社の訴外池田銀行よりの株券受領及び株券処分行為とは客観的に共同関聯しており、被告等は共同不法行為者であるから、被告等は原告に対し連帯して原告が右株券一千株を他に売却して得ることの出来た筈であつた株式代金額金二十二万五千円(一株金二百二十五円)及び之に対する右株券を売却することの出来た筈であつた日の翌日である昭和三十一年十一月二十三日以降完済に至る迄年五分の割合による損害金を支払うべき義務が有ると主張した。

被告等に答弁として、訴外大淀製薬が本件株券を訴外池田銀行に対し手形貸付を受けるための担保に差入れていたものであつて、株券は原告の所有ではない。

被告会社等整理委員は訴外大淀製薬の委任に基き同会社の債権債務を整理し、本件株券も訴外大淀製薬の債務の整理のために之を処分したものであつて、被告会社及び被告堀端に於て何等の不法はない。

若し、原告主張のように本件株券が原告所有のものであり、原告が右株券を訴外大淀製薬に信託的に譲渡していたに過ぎないものであつたとしても、原告は右株券の喪失による損害賠償を訴外大淀製薬に請求すべきものであることが明らかであつて被告等に於てその請求を受くべき筋合のものではない。よつて原告の請求に応ずることは出来ない。

理由

本券株券が、昭和二十九年九月十日頃訴外大淀製薬株式会社が訴外株式会社池田銀行より手形貸付を受けるための担保として同銀行に差入れられていた事実は、当事者間に争がないところである。

証拠によると、訴外大淀製薬は昭和二十九年九月頃取引銀行の訴外池田銀行より手形貸付を受けるために担保を提供するように要求されたが、当時訴外大淀製薬では適当な物件を持ち合せていなかつたのでその代表取締役訴外藤井正雄は同訴外会社の取締役であつた原告に対し物上保証人となることを懇請したため、原告は右の申入を受諾して原告所有に係る本件記名株式を訴外銀行に担保として差入れることを承諾したこと、原告は昭和二十九年九月十日原告名義の本件株券を訴外銀行に持参し、右株券と共に譲渡証書を訴外銀行に交付し、且つ同訴外銀行の訴外大淀製薬に対する被担保債権の弁済がないときは、同訴外銀行が右株券を処分して差支えない旨約諾したこと、その際、原告は訴外銀行に宛て担保品差入証を交付し、訴外銀行は又原告に対し右株券に対する「担保品預り証」(甲第一号証)を交付したが、右預り証の宛名が大淀製薬となつていたので、原告は訴外大淀製薬のため自己が第三者として担保を提供するのであり、訴外大淀製薬が担保を提供するのではないから原告宛の預り証が欲しい旨強調したところ、訴外銀行は右の事実関係を了承しつつも同銀行の内規として第三者が担保を提供した場合でも預り証は債務者宛に発行すると答えたので原告も止むなく之を了承し、預り証を持ち帰つた上、本件株券が訴外大淀製薬の財産と混同されることがないようにとの意図から、同訴外会社の経理係員をして、預り証の「以下余白」と記載されている次の欄に(佐藤勝三個人のもの)と記入せしめ、之を訴外大淀製薬の金庫に保管させたものであること、右預り証には、借用金御返済のときは裏面に記名押印の上差し出されればこの証と引換に預り担保品を御渡し致します、と記載されていること及び本件株券の被担保債権は昭和三十一年八月頃完済されたものであることが夫々認められる。

右の事実により、本件株券を担保として差入れた行為の性質を考えるに、原告と訴外銀行との間には質権設定の合意のほか裏書された記名株式と譲渡証書とを質権者たる訴外銀行に交付し、且つ債権の弁済がないときは質権者が株式を処分し得る旨を約定したとみられるから、右の担保提供の方式は所謂譲渡担保と解するのが相当である。そして、原告は訴外銀行に宛て担保品差入証を交付しており、原告は勿論のこと同訴外銀行も訴外大淀製薬も担保提供者が原告であることを知悉して居るのであるから、訴外銀行の内規に基き「担保品預り証」が訴外大淀製薬宛てに作成されているからといつて、訴外大淀製薬が本件株券を担保に提供したものと考えることは出来ない。即ち、原告が訴外大淀製薬に本件株券を信託的に譲渡し、それを同訴外会社が担保に提供したと構成することは出来ないから、原告が同訴外会社のため第三者として本件株券を担保に提供したものというべきである。

次に訴外銀行が原告に交付した担保品預り証の性質であるが、右預り証の借用金返済のときは記名押印の上差し出されれば引換に担保品を返還する旨の記載は、訴外大淀製薬の記名押印があれば担保品の返還を受けることが出来るとの趣旨に解されるから、右預り証は本件株券に代つて輾転流通する有価証券として発行されたものではなく、訴外銀行が預り証の所持人に担保品を返還するときは仮令その者が真正の権利者でない場合でも訴外銀行の善意なる限りその責任を免かれしめるという目的を以つて発行された所謂免責証券に属すると解すべきである。以上の如くであるとすると、本件株券の所有権は譲渡担保を設定した昭和二十九年九月十日に一旦訴外銀行に移転したものであるが、その被担保債権は昭和三十一年八月頃消滅したので譲渡担保はその目的を失つて本件株券の権利は当然原告に復帰し、爾後原告は所有権に基く返還請求権を有していたことになる。

次に原告主張の不法行為の成否について案ずるに、訴外大淀製薬は昭和三十一年五月末頃資金面の行詰りから不渡手形を出し、之を口火に遂に同年六月上旬頃数千万円の債務超過のため倒産するに至つたこと、そこで同年六月五日訴外大淀製薬は先づ大口債権者のみを集めて債権者集会を催し、会社の経営状態を報告して前後策を図つたところ、債権者側は被告会社外四名の者を整理委員に選出し、之等整理委員に於て同訴外会社の財産を整理し、各債権者に平等に分配することを取り決めたので、同訴外会社も債務弁済のため会社財産の総てを提供し、右整理委員の整理事務に協力することを約束したこと、尚当日は大口債権者のみの集会であり、然も最初の集会であつたので細部についての整理案を樹立するに至らず散会となつたがその後引き続き被告会社の代表取締役である被告堀端及びその他の整理委員、債権者等は訴外会社の事務所、工場に赴き実地に訴外会社の状態を調査する一方、被告堀端は訴外会社の代表者藤井正雄に対し重要書類一切の提供を要求し、訴外藤井が未整理であるから後日整頓した上引渡す旨を答えて之を拒絶したが、被告堀端は尚も強硬に要求するので、訴外藤井としては訴外会社を倒産に導いた責任上強いて拒むことが出来ず、止むなく重要書類を保管してあつた手提金庫を被告堀端に交付したもので、右金庫の中に前記担保品預り証が保管されてあつたため預り証は被告堀端が之を所持するに至つたこと、その翌日頃訴外藤井は右金庫の中に前記預り証が保管されていたことに気付き、早速原告にその旨を伝えるかたわら、被告堀端に対し本件株券は原告のもので訴外大淀製薬の財産に属しない旨を説き、預り証の返還方を強く要求したが被告堀端は之に応じなかつたこと、その後被告会社を中心とする整理委員は訴外会社より同会社の財産である土地、建物、機械設備一切、債権、有価証券等についてその処分に必要な書類及び印鑑等の交付を受け、爾来総債権者のために之等の物件を管理し、之を整理処分して各債権者に分配したが、その間原告及び訴外藤井が数回に亘り右預り証の返還を求めたのに対し被告堀端は之に応じないばかりか、却つて被告堀端は昭和三十一年九月六日右預り証の裏面に先きに交付を受けた訴外大淀製薬の会社印を押捺して之を訴外池田銀行に提出し本件株券の返還を求めたので、同訴外銀行としては被担保債権は既に消滅していることでもあり、又預り証裏面の訴外大淀製薬の記名押印で正当なものと認められたので右要求に応じない訳にいかず、本件株券を被告堀端に返還したものであること及びその数日後本件株券の処置につき打合せをするため同銀行に赴いた原告は右の事実を知つて非常に憤激し、重ねて被告堀端に対し本件株券の返還を迫つたが、被告堀端は預り証の宛名が訴外大淀製薬となつていることを理由に本件株券が訴外大淀製薬の財産に属するものと解釈し、且つ原告が同訴外会社の債務の弁済に充てるべきであるとの感情も手伝つて右要求を拒み、昭和三十二年三月頃訴外池田銀行より前記譲渡証書の返還を受けた上、同月八日訴外今崎正雄に対し同訴外人が訴外大淀製薬に対する手形債権の整理のためにその他の物件と共に譲渡して了つたものであることが夫々認められる。従つて、被告会社外四名の整理委員等が訴外大淀製薬より本件株券の処分につき委任を受けたとの被告等の主張は採用出来ない。

右の事実より考えるに、被告堀端が訴外藤井より持ち去つた金庫の中に前記預り証を発見した時には、前認定の如く(佐藤勝三個人のもの)との記載があり、且つその後数回に亘り然も強硬に訴外藤井及び原告より本件株券が原告個人のものであることを理由に預り証の返還並びに昭和三十一年九月六日に被告堀端が株券の返還を受けた後には直接株券の交付を求められたのであるから、いくら被告堀端が整理委員として訴外大淀製薬の責任の追求に急な立場にあるからといつて本件株券の権利の帰属を調査すべき義務を免がれるものではない。まして一般に担保提供者は債務者のみに限らず第三者が物上保証人として担保を提供する場合も多いのであるから、被告堀端としては訴外銀行等につき調査すべきであつたのに拘らず被告堀端が右の義務をつくしたことは証拠上全く認められない。そうだとすると、被告堀端が一方的に本件株券を訴外大淀製薬の財産に属するものと解釈し、預り証により本件株券の返還を受け、之を訴外今崎に譲渡した行には過失が有るものというべく、右過失ある行為に因り原告は本件株券の返還請求権、引いてはその所有権を侵害せられたものと認定される。而して、被告堀端の右行為は、訴外大淀製薬の債権者集会によつて整理委員に選任された被告会社の代表者としての行為であり、被告会社が整理委員となつて債権の取立を行う行為は、法人の機関の職務行為と社会観念上適当な牽連関係に立ち、外形上法人がその担当する社会的作用を実現するために行う行為と認めるのが相当であるから被告堀端が法人の機関自身として不法行為の責に任ずべきは勿論のこと、民法第四十四条、商法第二百六十一条、第七十八条の規定により被告会社もまた被告堀端の行為によつて原告に加えた損害を賠償する責に任じなければならない。そして右の被告堀端の責任と被告会社の責任とは各自が全部給付義務を負うところの所謂不真正連帯債務の関係に立つものである。

そこで進んで損害額の点について案ずるに、被告等に本件株券を原告に返還しなければならない義務を生じた時から現在に至る迄の間に、原告が本件株券を他に売却して得ることの出来た筈であつた株式代金を被告等は原告に賠償すべき義務を負うものと解すべきところ、証拠によると、原告は本件株券を昭和三十一年十一月二十日頃一株金二百二十五円として合計金二十二万五千円で売却することが出来たものであることが認められる。

よつて、原告の請求は正当。

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